RECRUITの無料雑誌R25の3/10号にみうらじゅん氏の記事が載っている。
そこに、糸井重里氏に言われた事を実行し、効果があった事として、
土地と人生の関係を示す素晴らしい事例が紹介されている。
「・・・高円寺を出てちゃんと事務所を開かないといい仕事はできないって、(中略)、でもやってみた。
同潤会アパートの裏のワンルームマンションに入って、『ラフォーレ』でブランド物の服を買って、流行っていたボストン型のメガネを買ってテクノカットにした。そしたら結構マガジンハウス系の仕事が来るようになって、・・・」
表参道という土地の養分が体に吸収され、力の源になったのだと思う。
人間も、植物のように根から土地のものを吸収してしまう。
子供の頃はたいていの人は1箇所にしか住んでいないし、視野が狭くて親や学校との関係しか見ていないのでその事に気がつかない。
また、親や先生も住む土地を変わっていないと差についても判らない。
更には不文律として、土地の上下を言ったりすることがあまりよろしくない事として言及されない場合も多々ある。
この記事にある、中央線沿線がサブカルチャーレベルで安堵してしまうという風土であるということは、
中央線の民俗を書いている様々な出版物にも共通して書かれている。
私は埼玉南部の柄の悪い地域に育った。
親は自分さえしっかりしていれば周りは関係ないと言うような考え方だったようだが、
(事実、近所の子とあまり友達にならないようにというような教育をされた)
申し訳ないがそれは無理である。何せ根からどうしても吸収してしまうので。
どのような人間になりたいか。目指す方向があるのなら、そのような人が居住している地域に居住すべきである。
以前にも書いたが、「住めば都」という意味は、住むとそこが良くなってしまうので住む場所には細心の注意を払えという意味であって、
どこに住んでも住んでみれば良さがわかるという意味では決して無い。
なぜ都になってしまうのかと言えば、上述したように、土地の養分が体に入ってしまってそこの人になって
しまったからである。
居住地を選ぶのには十分注意したいものである。