私は、4年半会社勤めの傍ら大学院に通い、昨年博士号を取得しました。

私が何故時間も金もかけてこれをやったかといえば、 「私は何の人」 というものを作りたかったから。

私はサラリーマンなので、自分にマークをつける行為をしないと単なる勤め人になってしまうからです。

いわば、「私は漁師です」とか「私は大工です」というのと何ら変わりはありません。


ところで、私が博士を取得したという話を聞いて、興味を持っていただいた方の中に以下のような人がいた。


1.ある会社の役員、多分40代後半

  「ねえねえ、次何するのよ。」 私の博士取得に対しての第一声。

  彼は会社で偉い立場にありながら、今も勉強を続けていて、社会人入学で修士課程の学生をしていて

  MBA取得を目指しているそうだ。

  それより前、既に2つ目の大学を社会人入学して卒業しただけでなく、脚本家になる学校にも行ったらしく

  他にもいろいろと学校に行ったらしい。

  また「医学博士は医者でなくても取れるよ」と、いうような話をされた。


2.弁理士とMBAをつ同じ会社の女性の先輩、45歳

  日本女子大出身とのことで、自分が優秀であるということを常に示したいらしく、

  会社から語学留学させてもらい、更に自ら志願して特許部門に異動させてもらい

  その上かの難関の弁理士を取得、その上社会人入学でMBAを取り、

  今年の春からMOTの博士のコースに通うと言う。しかし、別に平社員です。


皆さん、上記のお二人について立派な人だとお考えですか?

本人たちには言えませんが、私は申し訳ないけど「全くそう思わない」。


この2人にお伺いしたいことは、「あなたがたいったい何になりたいんですか?」


多分、お二人とも「受動」の人生であって、更にエリート意識をくすぐられることをしていないと気が済まないのだろうと思います。


私もそうだろうって?そうかもしれませんね。

しかし、いいわけがましくも一応述べておきますが、

私は大学院に進学する元になることを仕事で経験して、その苦労も醍醐味も味わってこれが一生やってもいいと思える分野だとわかったから進学したんです。


そして、博士を取得していたほうが、この分野で活動するのに有利だからということと、

更には大学院での研究すること自体を目的にしていました。


幸いにして、卒後の今も、指導教官の先生の計らいで研究活動に携わることが出来ています。

私は生活していく上で必要に迫られでもしない限り、別の学校に行って新しい資格を取る気などありません。

だってそんなことしたら私が「何者であるか」がぼけますからね。


上記2名はいわゆる「資格取りマニア」なんだと思います。

資格取りマニアの皆さん、学校産業にお金払って受動の生活をするより、自ら学校を起こすくらいの事して下さいよ!

だって皆さん「優秀なんでしょ!?」